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円相は刺激的。今しかない。そして可能性の宝庫。(パート1)

円相ってなに?

ただ円が描いてある。いったいこれはなんなのか?

 

円相はの禅のシンボルと言われ、完璧な精神性を持った人が完璧な円を描け

 

るといわれている。

 

僕にとって、これは完全に矛盾している。完璧な精神性などどこにあるのか?

 

人間は完璧でないから人間なわけで完璧になったらもう人間では無くなってしまう。

 

もし完璧な人間を知ってる人がいたら是非紹介してほしいと思う。さぞ凄い人なだろう。

 

 

 

でも考え方を真逆に変えれば、完璧を目標にしているのならいつまでもそこには到達できない。完璧などないのだから。

 

つまり生涯追求し続けることになる。これはこれで素晴らしい。もしどこかに到達してしまたらそこで終わってしまう。つまり成長が止まってしまうということだ。

 

それが起こらないためにも完璧をひとつの目標とし毎日精進してはどうか?

 

完璧などないのだから、いつまででも進むことができ、自分を高め続けていけるだろう。

 

素晴らしい考え方である。

 

 

 

 

 

もうひとつの要素は円は中が空洞。

 

空洞。。。つまりそこに何かが入ってくることができるということ、または入れることだできるということ。

 

そこに何も無いからできることだ。

 

もし空洞でなければそんなことは当然起こらないし、できない。

 

つまり可能性に満ちているということだ。

 

そして反対に空洞がなければそこにあるものが全てであるということ。

 

 

もし空のグラスがあったらそこに、水だろうが、オレンジジュースだろうが、ビールだろが、ワインだろうが、飲みのを注ぐことができる。

 

でももしそこにオレンジジュースが入っていたら。。。何も注げない。

 

オレンジジュースしか楽しめない。

 

オレンジジュースが持つ要素しか楽しめない。

 

でも何もなければそこにはどんな飲み物も注ぐことができる。

 

飲み物の数は無限だ。

 

新しいタイプの飲み物はどんどん発明されている。

 

つまりからのグラスには無限の可能性が詰まっているということ。

 

矛盾した言い方だがの状態には無限の可能性が詰まっているということだ。

 

なんてこったい。と僕は思う。。円相。。。でもそれだけではない。。

 

パート2ではもう少し入り込んでみたいと思う。

 

 

 

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